2017年12月3日日曜日

(191) 開頭血腫除去術の麻酔における血圧管理

開頭血腫除去術の麻酔におけるpointは、

 1. 脳出血増大の回避(一次性脳障害)
 2. 脳灌流圧の維持→脳虚血の回避(二次性脳障害)

である。

そのために大切なのは血圧管理である。

1. 脳出血増大の回避(一次性脳障害)
のためには、
INTERACT trial(PMID:18396107)
ATACH trial(PMID:20457956)
を参考に、
日本脳卒中学会脳卒中治療ガイドライン2015、
並びに、AHA/ASAガイドライン2010(PMID:20651276)では、

収縮期血圧:140mmHg未満

を目標としている。

これによりさらなる出血の増加を防ぎ、
血腫による直接的な損傷、つまり一次性脳障害の拡大を予防する。

ただ、血圧を下げたら下げたで、
次は脳灌流圧の低下から二次性脳障害、
すなわち残存健常組織の新たな虚血、
あるいはペナンブラの永続的な障害が問題になってくる。
(ペナンブラ:虚血により機能は障害されているが、治療により回復可能な周辺領域)

一般的に、
脳灌流圧は、
脳灌流圧(CPP)=平均血圧(MAP)ー頭蓋内圧(ICP)
で計算される。

CPPが50mmHg以下では脳虚血が顕在化し、
逆に、70mmHg以上に管理してしまうと、
医原性のARDSの発症が5倍に増加するという報告があり、
CPPの目標値:50〜70mmHg
とされている。
(PMID:25208678、1752547)

では、適切なCPPを保つためには、
どのくらいのMAPを維持しなければいけないのだろうか。

ICPが20〜25mmHg以上はICP上昇と考えられ、
ICPは20mmHg未満に下げる必要があるとされている。
(PMID:25208678)

脳出血症例では脳圧が上昇していることが予想されるので、
少なく見積もって、
ICP:20mmHgとし、
CPP:50mmHgを期待するとなると、

MAP=CPP+ICP なので、
MAP=50+20=70 となり、

MAPは少なくとも70mmHg以上、必要な計算となる。


麻酔導入すると血圧は大きく下がるだろうから、
MAPを70mmHgを保つとなると、
最初から積極的な昇圧をしていかなければいけない。

目標は,
平均血圧:70mmHg 以上、
収縮期血圧:140mmHg 以下、である。

ちょっとした配慮で脳出血症例患者の神経学的予後が変わると思えば、
日々の日常診療を丁寧に実施していく必要がある。

INTENSIVIST Vol.9 No.4 2017 脳卒中 も確認してください。





2017年11月17日金曜日

(190) 睡眠時無呼吸症候群に関する術前の対応

最新刊のLiSAで睡眠時無呼吸症候群の特集が組まれている。
麻酔科領域においても睡眠時無呼吸症候群がいかに重要か再認識させられる。

とはいうものの、
睡眠時無呼吸症候群に関しては、
施設間での温度差がかなりあるような気がする。

睡眠時無呼吸症候群と診断されている患者は多くない。
したがって術前診察で、
患者から、
「私は睡眠時無呼吸症候群とです。」
と言われることはおそらくほとんどない。

積極的に睡眠時無呼吸症候群を疑ってかからなければ、
術前にその有無を認識することはできない。
その際に有用な質問は、
STOP-BANGである。

S: Snoring; Do you snore loudly (louder than talking or loud enough to be heard through closed doors)?
T: Tired; Do you often feel tired, fatigued, or sleepy during daytime?
O: Observed; Has anyone observed you stop breathing during your sleep?
P: Blood Pressure; Do you have or are you being treated for high blood pressure?
B: BMI > 30 kg/m2?
A: Age > 50 years?
N: Neck circumference > 40 cm?
G: Gender male?

2項目いかならlow risk
3項目以上でhigh risk

high riskならpolysomnographyで精査を!
と言いたいところだが、
polysomnographyの実施は大変なので、
3項目以上該当した時点で、
睡眠時無呼吸症候群あり!
と考えて対応する方が合理的である。

実際、3項目以上該当すると、
8割以上で重症度の差はあるものの睡眠時症候群はある。

STOP-BANGで層別化したリスクが、
術後合併症の発生を予測できるか検討した報告は多いが、
これはmeta-analysisである。

Association of STOP-Bang Questionnaire as a Screening Tool for Sleep Apnea and Postoperative Complications: A Systematic Review and Bayesian Meta-analysis of Prospective and Retrospective Cohort Studies.
Anesth Analg. 2017 Oct;125(4):1301-1308. 
PMID: 28817421

調査の規模は23,609症例
high riskはlow riskと比較し、
術後合併症(composite outcome)は3.9倍発生し、
入院期間は2.1日長かった。

やっぱり、
術前にSTOP-BANGで睡眠時無呼吸症候群のリスクを層別化することは重要である。

そして、
high riskなら最新刊のLiSAにのっている術後管理のポイントに従って管理を行う。

あとは、
その介入によって本当にoutcomeが改善するという確固たるエビデンスがあればいいのだが。

2017年9月16日土曜日

(189) 脊髄くも膜下麻酔:血小板数低下と硬膜外血腫の発生リスク

neuraxial technique、
すなわち、
脊髄くも膜下麻酔(SA)、
硬膜外麻酔(EA)、
あるいは脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔(CSEA)は、
帝王切開術を中心に、今でも広く行われている。

その実施に先立ち問題になるのは出血傾向の有無だ。
出血傾向の有無の判定の指標の一つに血小板数がある。
血小板数がどのくらいだと硬膜外血腫のリスクが高まるのだろうか。

データベースを利用し、
血小板数減少症例にneuraxial techniqueを実施した際の
硬膜外血腫、
特に除圧のための椎弓切除術を必要とするような硬膜外血腫の発生リスクを評価した。

Risk of Epidural Hematoma after Neuraxial Techniques in Thrombocytopenic Parturients: 
A Report from the Multicenter Perioperative Outcomes Group.
Anesthesiology. 2017 Jun;126(6):1053-1063.

対象は、
・18~55歳の産科症例
・neuraxial technique実施72時間前の採血検査で血小板数が100,000万以下
・neuraxial techniqueはSA、EA、CSEA
・2004年1月〜2015年9月

妊婦84471症例のうち、
血小板数が100,000万以下だったのは573症例(0.7%)だった。

血小板数で層別化すると、
0~49,000 (n=15)
50,000~69,000 (n=36)
70,000~99,000 (n=522)
で、

結果からいうと、
除圧のための椎弓切除術を必要とするような硬膜外血腫の発生は無かったのだが、
計算上の95%信頼区間の上限は、
0~49,000    20%
50,000~69,000  8%
70,000~99,000  0.6%
となる。

計算精度を高めるために、
過去に報告された症例(939症例)を統合し、1524症例で再計算している。

やっぱり、
除圧のための椎弓切除術を必要とするような硬膜外血腫の発生は無かったのだが、
計算上の95%信頼区間の上限は、
0~49,000    11%
50,000~69,000  3%
70,000~99,000  0.2%
となる。

日常診療における麻酔方法の選択、並びに患者説明において、
知っておくべき数字である。

参考として、

抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン
の中では、

硬膜外および脊髄くも膜下穿刺では,血小板数が 10.0×104 / μl 以上であることが望ましい.
8.0×104 /μl 未満での硬膜外穿刺,
5.0×104 / μl 未満での脊髄くも膜下穿刺は推奨されない.

となっている。

一般的には脊髄くも膜下穿刺は硬膜外穿刺よりも、
硬膜外血腫の発生リスクは少ないと考えられる傾向にあるので、
脊髄くも膜下麻酔に限って言えば、
先の11%、3%、0.2%はもう少し低く見積もっていいのかもしれない。



2017年8月5日土曜日

(188) 神経ブロックをやるなら、覚醒下か?全身麻酔下か?

末梢神経ブロックは神経そのものにものに向かって針を進めていくため、
針による物理的損傷や、局所麻酔薬の神経内注入による神経損傷の発生懸念が常にある。

針が神経に接触した時、あるいは局所麻酔薬の神経内注入時は、
患者は痛みや、paresthesiaを感じるはず!
と考えられており、
少しでも神経損傷の発生リスクを減らすために、
穿刺時に患者の痛みや、paresthesiaの訴えは、
有用な情報と考えられてきた。

数年前の学会でも、
「全身麻酔下で神経ブロックをして、
仮に神経損傷が発生したら、
誰も擁護してくれないだろう。」
というエキスパートオピニオンがあり、
また会場全体からもそういう雰囲気を感じる機会があった。

当時、当院では全身麻酔下で神経ブロックを実施していたため、
これはまずいと思い、
以後、当院でもawakeの状態で神経ブロックをするように変更した。

しかし、

NYSORA(The New York School of Regional Anesthesia)によると、

1.

痛みとは
「実際に何らかの組織損傷が起こった時、
あるいは組織損傷が起こりそうな時、
あるいはそのような損傷の際に表現されるような、
不快な感覚体験および情動体験」なので、
絶対的な指標ではなく、
単に個人が痛いと感じれば、それが痛みなのである。

そのため、
客観的に見ればすごい痛みがあるだろう状況でも、
あまり痛みを表出しない人もいれば、
大したことがないと想像される刺激に対しても、
過剰に痛みを訴える人もいる。

つまり、
痛みを見ただけでは、
それが看過してはいけない痛みなのか、
許容していい痛みなのか、という判断は難しい。

2.

また、患者の状態によっては、
例えば、糖尿病、末梢神経炎や、鎮静薬投与状態などでは、
痛みの訴えがマスクされてしまう可能性もある。
つまり、痛みの訴えがないからといって、大丈夫かどうかはわからない。

3.

そもそも、
末梢神経ブロックでの刺入痛、注入痛が神経損傷と関連するというエビデンスは乏しい。
例えば、末梢神経ブロックを実施した約4000症例における神経損傷の発生に関する論文では、
神経合併症が1.7%に発生したが、
paresthesiaの訴えの有無との関連はなかったと報告されていたり、
72例の神経内注入では66例がpareshtesiaやdysesthesiaを訴えたが、
神経合併症が発生した症例はなかったという別の報告もある。
つまり神経ブロック中のparesthesiaは、術後神経損傷の発生に対して、感度も特異度も低すぎることがわかっている。

4.

また、もし神経損傷に際して痛みを感じると仮定しても、
神経損傷が発生したから、患者が痛みを訴えるわけで、
逆説的にいうと、
痛みを訴えた時点でもう手遅れ!
という解釈も成り立つ。

5.

別の観点から見ると、
ブロック中に動かれると危ない。
全身麻酔下などの、十分な鎮静化で神経ブロックをすれば、
患者は動くことがないので、
安全に、繊細に神経ブロック針を運針することができるようになる、
という利点もある。

という5個の点から、
全身麻酔下で神経ブロックを実施した方が良い!
とまでは言っていないが、
逆に神経ブロックをawakeでやった方が良いともいっていない。

むしろ、
神経損傷を減らしたいなら、
患者の反応をあてにするのではなく、
神経刺激装置や、超音波機器を使用したり、注入圧モニタを使用した方が良い、
としている。

awakeで神経ブロックされるのは、
患者にとっても負担だろうから、
再び全身麻酔導入後に末梢神経ブロックをやるようにしようかなあ。

2017年7月28日金曜日

(187) 神経ブロックには鈍針か?鋭針か?

日常診療で超音波ガイド下神経ブロックを実施する際、
選択しているブロック針はカテラン針である。
いわゆる鋭針と言われる針だ。
キレがいいので繊細に針先を誘導できるので好んで使用している。

余談だが、ネット情報によると、
カテラン針はカテランさんが局所麻酔のために考案した針長50mm程度の長い針の事らしい。
なるほど。

ただ学会でのエキスパートオピニオンは、
区域麻酔では鈍針の使用が優勢な気がしている。

鈍針はキレが悪いが故に、神経に刺さりにくく安全。
筋膜などを通過するときの穿通感を感じやすいのもメリット。
との考えからだろうか。

おかげで最近、鋭針を使うことに肩身が狭い思いを感じている。


そこで、区域麻酔の情報が充実している、
NYSORA;New York School of Regional Anesthesia
のホームページは参照してみた。
(日本語訳としてはニューヨーク区域麻酔研究会だそうだ。)

FOUNDATIONS OF REGIONAL ANESTHESIAの中の、
"Equipment for Peripheral Nerve Blocks”や、
”Neurologic Complications of Peripheral Nerve Blocks”に、
区域麻酔で使用する針のことについて記載がある。

今回は針先のデザインについて。

実際に、針先のデザインと神経損傷の関連を示した論文は少ない。

神経穿刺した時、fascicle損傷のリスクは鋭針より、鈍針の方が少ない。
しかし、ひとたびfascicle損傷した場合、鋭針よりも鈍針の方が、その損傷の程度はひどい。

つまり、
鈍針は確かにfascicleに刺さりにくいんだけど、
一度刺さってしまうとダメージがでかい、
という理解になる。

で、NYSORAとしては、
区域麻酔で鈍針の使用を推奨しているわけでもなさそうで、

実施するブロック、
患者のサイズ、
術者の好み
で針の選択をする、としている。

ということは、
繊細に針先を誘導できるのでカテラン針がいいと考えている現状においては、
個人的にカテラン針を選択しても非難されるものではない、
と考えてもいいのかなと思う。

2017年7月9日日曜日

(186) 術中低体温が術後予後に与える影響

たいして人の名前は覚えていないが、
Sesslerという名前には、「あ、体温の権威ね。」という漠然としたイメージがあるる。

体温といえば、昔は全身麻酔によりしばしば低体温になっていた記憶がある。
しかし、このSesslerらのグループが、術中低体温が術後転帰の悪化(手術部位感染症増加、出血量増加、入院期間延長)させると報告して以降、皆一生懸命、例えば温風式加温装置を使用して加温に努めるようになった。
おかげで、最近では術中低体温は見ることはほとんどなくなった。

ところが!

不勉強は恐ろしいもので、

この体温と予後の関係について否定的な意見が多く、
今では、35度代程度の低体温では臨床的に有意な転帰の悪化は認めない、

というのが最近の常識になっているらしい。

つまり、過去に常識とされていたエビデンスが覆されたわけである。



他にも、
体温ほどのインパクトは個人的にはなかったのだが、
高濃度酸素投与を行うと、手術部位感染症が減るというエビデンスもあった。
しかし、このエビデンスも今では否定されている。

エビデンスレベルが高いとされるメタ解析により有効性が示されていても・・・。

今の常識は、明日の非常識。

この気持ちを忘れずに、
これって本当にそうなの?と自問自答しながら、
日々の日常診療に取り組んでいかなければいけない。


否定されてしまったエビデンスは両方ともSesslerのグループのものらしい。
彼らの報告はほとんど今では否定されているとのこと。
一体なんだったんだろう!?

今回のLiSA7月号の特集
エビデンス、兵どもが夢の跡−1
「周術期高濃度酸素投与」の迷走とWHOガイドラインの過ち、
は読み応えがありました。
シリーズものっぽいのでこれからが楽しみです。

2017年7月1日土曜日

(185) 肺リクルートメント手技は輸液管理指標になるのか

従来輸液の指標として使用されていたCVPやHR、血圧など、いわゆる静的指標よりも、
SVVなどの動的指標の方が輸液反応性や輸液管理の指標として正確であると考えられている。
とはいうものの、SVVが麻酔中に必要不可欠なものかというと、そうでもない。

なんでか。

ARDSから始まった肺保護換気戦略が、
手術中の麻酔にも広がってきた近年、
一回換気量の設定を、SVVを評価するため必要なを8ml/kg以上にしたくない。
低換気量ではSVVの信頼性が低下してしまう。

SVVを活用すれば予後が改善する!と言いたいけど言えない。
なくても麻酔科医の経験である程度カバーできるからかもしれない。
しかも、動的指標とセットで扱われることが多いGDTの優位性も最近では怪しい。

SVVを測定するためには某社の機器が必要
→予後を改善できるかわからないのに、しっかり金はかかる。

でもやっぱり術中の判断に、なんらかの動的指標があると嬉しい。
そこで出てきたのが肺リクルートメント手技(LRM)を活用するというアイデアがある。

Changes in Stroke Volume Induced by Lung Recruitment Maneuver Predict Fluid Responsiveness in Mechanically Ventilated Patients in the Operating Room.
Anesthesiology. 2017 Feb;126(2):260-267.

人工呼吸器で圧サイクルを作る代わりに、
用手的に用圧を作り出そう!ということで、
原理は基本的に同じである。

バッグを押して、
呼吸回路内圧を高めると、
胸腔内圧が高まり、
右心前負荷 減少、
右心後負荷 増加し、
結局、右心拍出量が減少する。
回り回って左心拍出量も減少する。

その減少具合が大きいと輸液反応性あり!と判断できる、というわけである。

volume control:TV 6-8ml/kg
肺リクルートメント手技:30cmH2Oを30秒間

-30%以上SVが低下していると、
感度88%、特異度92%で輸液反応性があることを予測できる。
gray zoneは-22%〜-37%。
AUCは0.96(0.81-0.99)ということでなかなか良い。

でも、やっぱりSVを知るためには某社のキットが必要になる。

SVの代わりに何かで代用できないか?

BP ≃ CO x SVR より

BP(SAP)で代用できてくれると嬉しいのだが、
ΔSAP-LRMのAUCは0.52(0.26-0.77)で輸液反応性の指標としては役に立たない。

BP ≃ CO x SVRの式も、実際はCVP、あるいはRAPを加味しないといけない、
あるいは左室後負荷が上がる影響もあるのか。

肺リクルートメント手技で動的指標が得られ、
輸液反応性を推定できるようになるのはいいのだが、
結局、某社のキットが必要になるのは変わらないのか。残念。



2017年6月23日金曜日

(184) 術後の疼痛程度を予測する

術後の痛みは麻酔科医にも大きな関心事である。

同じような手術だからといって、
同じ鎮痛手段をすれば、
必ず同じ結果が得られる、
そんな簡単なものではない。

もしも術前から術後の痛みがりかたを予測できたら、
例えば、すごく痛がりそうだなと予想できたら、
通常の鎮痛手段に、+αの鎮痛手段を加えることができるかもしれない。
痛みの程度を減弱させることができれば、
より良い周術期管理につながる。

術後の痛みを予測することはできるのだろうか。

Predictors of postoperative pain and analgesic consumption: a qualitative systematic review.
Anesthesiology. 2009 Sep;111(3):657-77. 

48文献、23037症例を解析した結果、

術後疼痛を予測する因子として、
・術前から痛みがある場合、
・年齢(若いほど痛がり)、
・痛みに対する不安が強い、
・術式(腹部、整形、胸部外科手術)、
などが術後の痛みと相関していた。

となると、
痛みの感じ方における個人差の違いを説明するための主要因は、
痛みに対する不安の程度だろうか。

Patient choice compared with no choice of intrathecal morphine dose for caesarean analgesia: a randomized clinical trial.
Br J Anaesth. 2017 May 1;118(5):762-771.

帝王切開術の術前に、
脊髄くも膜下に投与するモルヒネの量を患者自身が決めることができたら、
術後の痛みはどうなるか、というstudy。

痛みが心配な人は、多いモルヒネを選択でき、
痛みよりも副作用の方が心配な人は、少ないモルヒネを選択できる。

結果としては、
多いモルヒネを選択した人、
つまり術後の痛みが心配な人ほど、
術後の痛み止めの使用量が多くなり、
また体動時の痛みのスコアが高かった。

やっぱり術後疼痛に対する不安が強い人は、
術後により痛がりやすい、ということだろう。

(実際のstudy designはもっと複雑なので原文を要確認!)


さて、
痛みに対する不安のスコアリングにはどのようなものがあるのだろうか?
調べて、日々の臨床に活用できるか考えていこうかな。

2017年6月16日金曜日

(183) dexamethasoneと神経ブロックの鎮痛効果の関係

麻酔科医にとってはPONVの予防薬としてお馴染み!?のdexamethasoneだが、
局所麻酔薬に加えることにより、
神経ブロックの鎮痛効果を長持ちさせる工夫としても活用されることがある。

少し調べただけでもいくつもmeta解析が見つかる。

A systematic review and meta-analysis of perineural dexamethasone for peripheral nerve blocks.
Anaesthesia. 2015 Jan;70(1):71-83.

Combination of dexamethasone and local anaesthetic solution in peripheral nerve blocks: A meta-analysis of randomised controlled trials.
Eur J Anaesthesiol. 2015 Nov;32(11):751-8.

Perineural dexamethasone to improve postoperative analgesia with peripheral nerve blocks: a meta-analysis of randomized controlled trials.
Pain Res Treat. 2014;2014:179029.

いずれのmeta解析も概ね、
dexamethasoneを局所麻酔薬と一緒にperineuralに投与すると、
神経ブロックの効果(motor and sensory)は延長し、
結果として鎮痛効果が長持ちする、という結果である。

dexamethasoneのperineural投与は、
off labelなところは問題として残るが、
日々の臨床に取り入れても良さそうである。


日本麻酔科学会 第64回学術集会
[PN01] TKAの鎮痛法
の中で、

ステロイドのブロック延長効果は、
perineuralじゃなくても、IVでも同様にみられる、
という報告がある、と言っていた。

その時の参考文献はこれ↓

I.V. and perineural dexamethasone are equivalent in increasing the analgesic duration of a single-shot interscalene block with ropivacaine for shoulder surgery: a prospective, randomized, placebo-controlled study.
Br J Anaesth. 2013 Sep;111(3):445-52.

肩関節鏡手術におけるsingle-shot interscalene blockの比較
ropivacaine だけ
ropivacaine + dexamethasone (perineurial)
ropivacaine + dexamethasone (IV)

dexamethasoneは10mgを使用。

鎮痛効果の継続時間(初回鎮痛薬追加までの時間)は、
757min、1405min、1275min
で、perineurialもIVも鎮痛効果が長持ちしていた。
その結果、当日夜の睡眠障害の割合も、
59%、29%、22%と改善していた。

dexamethasone10mgを追加すると、
その経路によらず神経ブロックの鎮痛効果が延長するようだ。


とはいうものの、
見ているのは初回鎮痛薬追加までの時間であって、
それをブロックの効果の延長と考えていいだろうか?


似たようなstudyとしては、

Dexamethasone as a ropivacaine adjuvant for ultrasound-guided interscalene brachial plexus block: A randomized, double-blinded clinical trial.
J Clin Anesth. 2017 May;38:133-136.

こちらで使用しているdexamethasoneは4mg(low dose)である。

ropivacaine だけ
ropivacaine + dexamethasone (perineurial)
ropivacaine + dexamethasone (IV)
で比較している。

Duration of sensory blockは
1728分、2323分、1642分であり、
IVではブロックの延長効果は見られない。

術後のopioidの必要量は、
perineural投与の群は有意に少なかったものの、
IV投与の群には有意な差はなかった。

Dexamethasoneのperineural投与では、
4mgでも、10mgでも、
鎮痛効果は長く期待できそうだ。

一方、
DexamethasoneのIV投与の場合、
10mgは効果が期待できそうだが、
4mgでは効果が期待できない。
となる。

この結果から推測するに、
DexamethasoneのIV投与は、
神経ブロック自体に直接影響を及ぼしているというよりは、
神経ブロックとは別に、
単に全身投与による鎮痛効果を発揮しているのではないかと思う。

というのも、

Perioperative single dose systemic dexamethasone for postoperative pain: a meta-analysis of randomized controlled trials.
Anesthesiology. 2011 Sep;115(3):575-88.

によると、
intermediate dose(0.11-0.2mg/kg)と、
high dose(≥0.21mg/kg)は、
術後のopioidの消費量は減るが、
low dose(≤0.1mg/kg)では差がない。

結論として、
multimodal analgesiaの一環としてdexamethasoneを静注する場合、
low doseで使用するのではなく、
最低でも0.1mg/kg投与するべきである。
というものだ。

つまり、
前述の2つのstudyでは、
4mgのIV投与のはlow doseに相当し、
10mgのIV投与はintermediate doseに相当すると考えられる。
すると、4mgのIV投与は効果がなくて、10mgのIV投与では効果が見られたのも理解しやすい。


個人的なまとめ
・dexamethasoneのperineural投与は神経ブロックの効果を延長させる。
(dose dependentだが、多ければいいというわけではない。4~5mg程度か。)
・神経ブロックの効果延長を目的としたdexamethasoneの静注は適切ではなさそう。
・静注で鎮痛効果を期待するなら0.1mg/kg投与したほうがいい。
(これもまた多ければいいというものでもない。)

何かしらの影響があるかもしれないが・・・。




2017年6月11日日曜日

(182) TKAの術後鎮痛 大腿神経ブロックから大腿三角ブロック(femorar triangle block)へ

人工膝関節置換術(TKA)の術後鎮痛として、
長らく硬膜外麻酔が実施されていた。

しかし、
1.左右の選択性がない。
2.効果の確実性に不安が残る。
3.効果を確実にするには麻薬の併用が必要。
(→麻薬の使用はPOVのリスクがup)
4.超音波ガイド下神経ブロックの普及
5.抗凝固薬の使用

などの理由から、
TKAの術後鎮痛のトレンドは、
硬膜外麻酔から神経ブロックに変化してきた。

なかでも、
大腿神経ブロック(+脛骨神経ブロック)は広く行われている。

しかし、
大腿神経ブロック、特に持続ブロックを実施する場合、
大腿四頭筋の筋枝もブロックされるため、
筋力低下による転倒リスクが問題となる。

そのため、
より末梢側でのアプローチである、
内転筋管ブロックが注目された。

しかし、
TKAの術後鎮痛においては、
大腿四頭筋の筋枝のうち、内側広筋への筋枝が重要な役割を果たしているという指摘もあり、
狭義の内転筋管ブロックではTKAの術後鎮痛として不十分である。

内側広筋枝は内転筋管に入る前に分枝し、
内転筋管を通らない場合もあるため、
狭義の内転筋管ブロックでは内側広筋枝をブロックできず、
単なる伏在神経ブロックになってしまうと考えられているからだ。

内転筋管ブロックに関しては、最近のLiSA 2017 Vol.24 No.6 602-5の解説がわかりやすい。

最新の知見では、
もう少しだけ中枢側で、
大腿四頭筋のうち、内側広筋の筋枝はブロックするが、それ以外はブロックしないですむ、
大腿三角ブロック(femorar triangle block)がTKAの術後鎮痛として最も適切なアプローチとして考えられている。

ところで、
TKAにおいて、
整形外科医が膝関節へどのようにapproachするか、
麻酔科医にはあまり知られていない。

ざっくり分けると、
1. medial parapatellar approach
2. midvastus approach
3. subvastus approach
4. anterolateral approach、他
となる。
(今は他にもapproachが多数あるようだ。)

medial parapatellar approachは展開、並びに視野確保が容易ではあるものの、内側広筋の付着部を切開する必要があるため、侵襲が大きく、術後の筋力低下が問題になる。
subvastus approachは内側広筋を温存するようにかわしながら展開していくため、術後の筋力低下が最も少ない利点はあるものの、視野が取りにくいのが難点。
midvastus approachは、parapatellar approachとsubvastus approachの中間みたいな位置付けで、内側広筋への侵襲もそこそこに、しかもある程度の視野も確保できる、そんなapproachという理解か。

結局のところ内側広筋の処理の仕方が問題なようで、
だからこそ術後鎮痛において内側広筋枝のブロックが重要な役割を演じる事につながるのだろう。

今後、さらに術式が改良され、
内側広筋を損傷せずに十分な視野でTKAが実施できるようになれば、
あるいはsubvastus approachで容易にTKAが実施できるようになれば、
もしかしたら内側広筋枝をブロックする必要がない時代が来るかもしれない。


一度、自施設でのapproachを確認してみる必要がある。

2017年6月10日土曜日

(181) 手術部位感染症(SSI;Surgical Site Infection)を予防する

整形外科手術において、
手術部位感染症(SSI;Surgical Site Infection)は、
人工関節置換術や、骨折手術よりも、
脊椎手術に多い。

予防を目的に24時間(〜48時間)の抗菌薬投与が推奨される。
耐性菌発生のリスクとなるため、
48時間を超えての使用は推奨されない。

抗菌薬は 第1世代セフェム系抗菌薬が推奨される。

MRSAが高率に発生している施設や、
MRSAの保菌者では、
第1世代セフェム系抗菌薬とバンコマイシンの併用も推奨される。
ただし、他の抗菌薬のように、バンコマイシンの急速投与はダメ。
1gを1時間以上かけて投与する。

整形外科手術ではセメントがよく使用されるが、
セメントに抗生剤を混ぜた方がいいかはcontraversialな問題である。

術野でのバンコマイシンパウダーの有用性は、
観察研究では良い結果が示されているようだが、
RCTでは差がなく、
過敏性の問題や、細菌の耐性化の問題などより、
CDCのガイドラインではDon’tの扱いとなっている。

鼻腔保因菌とSSIの原因菌は85%で一致していることから、
術前の鼻腔&全身除菌も重要と考えられている。

手術室の床&そこら中の機器は、汚染されているものとして認識すべし。
当然、手指も汚染されているものと認識するべきであり、
そのため、手指消毒は頻繁にやるのが良い。

通常、術前に術野を消毒するが、どんなに消毒しても滅菌できるわけではない。
イソジンドレープを使用すると、
経時的な細菌細菌増加率は減る。
その結果、SSIのriskも減る。

ちなみに消毒についてだが、
即効性のアルコールであっても30秒は待つ必要があることが知られている。

手術室内への頻繁な人の出入りは良くない。
最小限にとどめるようにした方が良い。

clean roomを使用すればOKというわけではない。
clean roomを使用した方がむしろSSIが増えるという観察研究もある。
やはり不要なstaffの出入りは避ける必要がある。

術中イソジン洗浄は有効かもしれない。
これから増えてくるかも。

体温管理の重要性はよく指摘されることだが、
SSI、あるいは死亡率への影響に関するエビデンスは少ない。



日本麻酔科学会第64回学術集会 共催セミナー[L01]
最新の整形外科手術部位感染対策~麻酔科医と共有したい内容を中心に~
の聴講メモより