2017年8月5日土曜日

(188) 神経ブロックをやるなら、覚醒下か?全身麻酔下か?

末梢神経ブロックは神経そのものにものに向かって針を進めていくため、
針による物理的損傷や、局所麻酔薬の神経内注入による神経損傷の発生懸念が常にある。

針が神経に接触した時、あるいは局所麻酔薬の神経内注入時は、
患者は痛みや、paresthesiaを感じるはず!
と考えられており、
少しでも神経損傷の発生リスクを減らすために、
穿刺時に患者の痛みや、paresthesiaの訴えは、
有用な情報と考えられてきた。

数年前の学会でも、
「全身麻酔下で神経ブロックをして、
仮に神経損傷が発生したら、
誰も擁護してくれないだろう。」
というエキスパートオピニオンがあり、
また会場全体からもそういう雰囲気を感じる機会があった。

当時、当院では全身麻酔下で神経ブロックを実施していたため、
これはまずいと思い、
以後、当院でもawakeの状態で神経ブロックをするように変更した。

しかし、

NYSORA(The New York School of Regional Anesthesia)によると、

1.

痛みとは
「実際に何らかの組織損傷が起こった時、
あるいは組織損傷が起こりそうな時、
あるいはそのような損傷の際に表現されるような、
不快な感覚体験および情動体験」なので、
絶対的な指標ではなく、
単に個人が痛いと感じれば、それが痛みなのである。

そのため、
客観的に見ればすごい痛みがあるだろう状況でも、
あまり痛みを表出しない人もいれば、
大したことがないと想像される刺激に対しても、
過剰に痛みを訴える人もいる。

つまり、
痛みを見ただけでは、
それが看過してはいけない痛みなのか、
許容していい痛みなのか、という判断は難しい。

2.

また、患者の状態によっては、
例えば、糖尿病、末梢神経炎や、鎮静薬投与状態などでは、
痛みの訴えがマスクされてしまう可能性もある。
つまり、痛みの訴えがないからといって、大丈夫かどうかはわからない。

3.

そもそも、
末梢神経ブロックでの刺入痛、注入痛が神経損傷と関連するというエビデンスは乏しい。
例えば、末梢神経ブロックを実施した約4000症例における神経損傷の発生に関する論文では、
神経合併症が1.7%に発生したが、
paresthesiaの訴えの有無との関連はなかったと報告されていたり、
72例の神経内注入では66例がpareshtesiaやdysesthesiaを訴えたが、
神経合併症が発生した症例はなかったという別の報告もある。
つまり神経ブロック中のparesthesiaは、術後神経損傷の発生に対して、感度も特異度も低すぎることがわかっている。

4.

また、もし神経損傷に際して痛みを感じると仮定しても、
神経損傷が発生したから、患者が痛みを訴えるわけで、
逆説的にいうと、
痛みを訴えた時点でもう手遅れ!
という解釈も成り立つ。

5.

別の観点から見ると、
ブロック中に動かれると危ない。
全身麻酔下などの、十分な鎮静化で神経ブロックをすれば、
患者は動くことがないので、
安全に、繊細に神経ブロック針を運針することができるようになる、
という利点もある。

という5個の点から、
全身麻酔下で神経ブロックを実施した方が良い!
とまでは言っていないが、
逆に神経ブロックをawakeでやった方が良いともいっていない。

むしろ、
神経損傷を減らしたいなら、
患者の反応をあてにするのではなく、
神経刺激装置や、超音波機器を使用したり、注入圧モニタを使用した方が良い、
としている。

awakeで神経ブロックされるのは、
患者にとっても負担だろうから、
再び全身麻酔導入後に末梢神経ブロックをやるようにしようかなあ。