2018年5月20日日曜日

(194) 術中輸液の考え方

人の血液の20%は動脈に、64%は静脈に分布するとされる。
静脈内の大部分は内臓血管床にとどまり、血液循環には寄与しない。

麻酔の導入により静脈血管トーヌスが減弱すると、
内臓血管床にとどまる血液量が増える。
結果、静脈還流量(循環血液量)が減るため、
心拍出量が低下する。

今時の表現では、
無負荷血液量の割合が増え、
負荷血液量の割合が減る。

無負荷血液量の割合が大きいと、
輸液負荷における負荷血液量の増加分が少ないので、
なかなか血圧は上昇しない。
そのため、
麻酔導入による血圧低下の対応としては、
輸液負荷よりも、血管収縮薬の使用が合理的である。
麻酔導入により減弱した静脈血管トーヌスを、元に戻してあげれば良い。

内臓血管床の無負荷血液量があるので、
術中、ある程度の出血までは血管収縮薬を使用し、
無負荷血液量の割合を減らし、負荷血液量を増やせば対応できる。

しかし、
それを続けていると、
だんだん血管収縮薬に対する反応が悪くなる。

そのため、
無負荷血液量を保つため、ある程度の輸液は必要である。
多く輸液をすればいいというわけではない。

手術侵襲のみでも間質に水分は貯留し浮腫を形成するが、
輸液はそれを助長してしまうからである。
周術期に形成された浮腫は機能回復を遅延さえる。
そのため、最近では必要以上に輸液をしない傾向にある。

現在、頻用されている輸液の一つに晶質液がある。

その特徴としては、
1. 急速輸液では血管内に保持されにくい。→すぐに間質に移行する。
2. 血圧が低い時は血管内から間質へ移動する速度は落ちる。
  →血圧が低い時に限れば血管内に残りやすい。
3. 大量投与すると、グリコカリックスを脱落させ、炎症を増大させる。

なので、血圧低下傾向にある麻酔導入時の負荷はある程度は許容されるかもしれないが、基本的に制限的に投与し、大量投与はしたくない。

では、出血などにより血管内容量が少なくなってきた場合はどうすればいいかというと、基本的にはHES製剤などの膠質液の投与が有用かもしれない。
とは言っても、やはりこれも過剰投与はグリコカリックスを脱落させる原因になるため、必要最小限が良い。

結果として、
量の多少は別として、出血を伴うのが常である手術において、
輸液は、
必要ではあるものの、
無条件にいいものではないため、
できることなら制限したい。
出血の少ない手術が一番いいことに変わりはないが、
そうも言っていられないので、
輸液の必要性と投与による害悪のバランスをうまく取るのが我々麻酔科医の仕事となる。

ここら辺のことは
こちらが詳しい。

日本麻酔科学会第65回学術集会
共催セミナー 周術期輸液管理~分かったような分からないような~ 辛島 裕士
聴講メモ(改変済)より

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2018年5月6日日曜日

(193) IPACK blockって何???

超音波ガイド下末梢神経ブロックの進歩とともに、
当院でもTKAの術後鎮痛法はどんどん変わってきた。

抗凝固薬早期使用の観点?から、
それまで術後鎮痛の中心的役割を担っていた硬膜外麻酔から、
持続大腿神経ブロックに変わった。

ただ、膝前面の鎮痛は良かったが、
膝後面の痛みを訴える症例が多くみられたため、
坐骨神経ブロックを追加するようにした。

持続大腿神経ブロック+単回坐骨神経ブロックとなった結果、
とても良好な術後鎮痛を提供できるようになった。

しかし、
疼痛がコントロールできるようになると、
今度は筋力低下による離床の遅れが目立つようになり、
持続ブロックが敬遠される雰囲気が病棟に漂い始た。

世間を見てみると、
筋力低下対策として、
大腿四頭筋全部に影響を与える大腿神経ブロックから、
より末梢でのブロックである内転筋管ブロックに移行し始めている。

残る坐骨神経ブロックはどうする?
と思っていたら、
WEB某所でIPACK blockなるものが話題になっていた。

IPACKって何????

ということでググってみる。

IPACKとは、

US-guided local anesthetic infiltration between the popliteal artery and the capsule of the knee
のことらしい。

originalはSanjay Sinha, MD.らしいが、
残念ながらunpublishedとのこと。

IPACKのoriginal文献としては、

Novel Regional Techniques for Total Knee Arthroplasty Promote Reduced Hospital Length of Stay: An Analysis of 106 Patients

であるが、
簡単に理解するためにはやはりYouTube先生に教えてもらうのが良い。

IPACKの動画

これを見ればおそらく一発で理解できる。

素朴な疑問としては、
術野から浸潤麻酔するのと同じ?
違うレベルのことができるのだろうか?

とはいえ、
やらないよりはやったほうがいいのは間違いない。

Comparison of adductor canal block and IPACK block (interspace between the popliteal artery and the capsule of the posterior knee) with adductor canal block alone after total knee arthroplasty: a prospective control trial on pain and knee function in immediate postoperative period.

それにしてもエキスパートたちは情報感度が高いですね。
その恩恵にあずからせていただきいつも感謝しております。

2018年4月14日土曜日

(192) 直接経口抗凝固薬DOACsと周術期管理

まずは止血機序をトロンビンを中心に見直して見る。

血管が破綻すると血管外のコラーゲンが露出し、それに対して血小板が集まり、血小板粘着が起こる。

同時に、細胞表面に発現した組織因子に血流中の活性化凝固第Ⅶ因子(Ⅶa因子)が結合し外因系凝固が活性化され、きわめて微量のトロンビン、いわゆる初期トロンビン(initial thrombin)が産生される。

初期トロンビンにより血小板は活性化し、血小板凝集が起こり一次止血が起こる。

一方、初期トロンビンだけでは量が少ないため、フィブリノゲンをフィブリンにすることはできない。しかし、初期トロンビンにより、内因系凝固は活性化し、そのカスケードにより、再びトロンビンが産生される。これがフィードバックすることにより、一気にトロンビンの生産が増幅され、数百倍の濃度になる(トロンビンバースト)。これによりフィブリノゲンからフィブリンが生成されるようになり、二次止血が完成する。

以上の流れを見ると、止血において内因系凝固活性機序よりも、外因系凝固活性化機序のほうがより重要である。

この止血機序を踏まえ、
最近の抗血栓療法で使用頻度が増えてきた、
NOACs、あるいはDOACsを見てみる

新規経口抗凝固薬(Novel Oral AntiCoagulants; NOACs)
あるいは、直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant; DOACs)には、

ダビガトラン(商品名:プラザキサ®)
リバーロキサバン(商品名:イグザレルト®)
アピキサバン(商品名:エリキュース®)
エドキサバン(商品名:リクシアナ®)
の四種類がある。

ダビガトランは直接トロンビン阻害薬だが、
残りの三つは直接Xa阻害薬である。

ダビガトランはトロンビンをターゲットにしているため、
初期トロンビンの合成も阻害してしまう。
その結果、初期の血栓形成が阻害されので、
他の直接Xa阻害薬と比較し、出血リスクが高い。

一方、直接Xa阻害薬はフィビリン産生だけを阻害することになるので、
初期トロンビンから血小板活性化を経る初期の血栓形成はOKなので、出血リスクが低いという特徴がある。

最近、DOACs内服患者に手術が必要になることも増えてきた。

DOACsは固定用量で一定の効果が得られると考えられている。
それもあって、現在、術前にその効果をモニタリングできない。

しかし、ダビガトランを除き、
残りの3種類は血中濃度が高ければ、
APTT、PT-INRは延長する傾向にある。
ただAPTT、PT-INRが正常だからといって、
DOACsの血中濃度が低いとは言えない。

現在、特に日本ではDOACsの拮抗薬は発売されていない。

侵襲的手技による出血リスクを回避するために、
様々なガイドラインが休薬期間を推奨している。
従って、麻酔科医としては休薬期間を参照し、
区域麻酔などの侵襲的手技の実施するかどうか検討、
あるいは実施するために休薬期間の提案をすることになる。

半減期の5倍に設定しているだけのものだったり、
出血性合併症の発生リスクを中心に設定されているものだったりする。
すなわち休薬による血栓形成のリスクを考えての設定ではないので、休薬による血栓形成を念頭に置く必要がある。


日本区域麻酔学会 第5回学術集会
抗血栓療法と区域麻酔
講義メモより