2017年6月23日金曜日

(184) 術後の疼痛程度を予測する

術後の痛みは麻酔科医にも大きな関心事である。

同じような手術だからといって、
同じ鎮痛手段をすれば、
必ず同じ結果が得られる、
そんな簡単なものではない。

もしも術前から術後の痛みがりかたを予測できたら、
例えば、すごく痛がりそうだなと予想できたら、
通常の鎮痛手段に、+αの鎮痛手段を加えることができるかもしれない。
痛みの程度を減弱させることができれば、
より良い周術期管理につながる。

術後の痛みを予測することはできるのだろうか。

Predictors of postoperative pain and analgesic consumption: a qualitative systematic review.
Anesthesiology. 2009 Sep;111(3):657-77. 

48文献、23037症例を解析した結果、

術後疼痛を予測する因子として、
・術前から痛みがある場合、
・年齢(若いほど痛がり)、
・痛みに対する不安が強い、
・術式(腹部、整形、胸部外科手術)、
などが術後の痛みと相関していた。

となると、
痛みの感じ方における個人差の違いを説明するための主要因は、
痛みに対する不安の程度だろうか。

Patient choice compared with no choice of intrathecal morphine dose for caesarean analgesia: a randomized clinical trial.
Br J Anaesth. 2017 May 1;118(5):762-771.

帝王切開術の術前に、
脊髄くも膜下に投与するモルヒネの量を患者自身が決めることができたら、
術後の痛みはどうなるか、というstudy。

痛みが心配な人は、多いモルヒネを選択でき、
痛みよりも副作用の方が心配な人は、少ないモルヒネを選択できる。

結果としては、
多いモルヒネを選択した人、
つまり術後の痛みが心配な人ほど、
術後の痛み止めの使用量が多くなり、
また体動時の痛みのスコアが高かった。

やっぱり術後疼痛に対する不安が強い人は、
術後により痛がりやすい、ということだろう。

(実際のstudy designはもっと複雑なので原文を要確認!)


さて、
痛みに対する不安のスコアリングにはどのようなものがあるのだろうか?
調べて、日々の臨床に活用できるか考えていこうかな。

2017年6月16日金曜日

(183) dexamethasoneと神経ブロックの鎮痛効果の関係

麻酔科医にとってはPONVの予防薬としてお馴染み!?のdexamethasoneだが、
局所麻酔薬に加えることにより、
神経ブロックの鎮痛効果を長持ちさせる工夫としても活用されることがある。

少し調べただけでもいくつもmeta解析が見つかる。

A systematic review and meta-analysis of perineural dexamethasone for peripheral nerve blocks.
Anaesthesia. 2015 Jan;70(1):71-83.

Combination of dexamethasone and local anaesthetic solution in peripheral nerve blocks: A meta-analysis of randomised controlled trials.
Eur J Anaesthesiol. 2015 Nov;32(11):751-8.

Perineural dexamethasone to improve postoperative analgesia with peripheral nerve blocks: a meta-analysis of randomized controlled trials.
Pain Res Treat. 2014;2014:179029.

いずれのmeta解析も概ね、
dexamethasoneを局所麻酔薬と一緒にperineuralに投与すると、
神経ブロックの効果(motor and sensory)は延長し、
結果として鎮痛効果が長持ちする、という結果である。

dexamethasoneのperineural投与は、
off labelなところは問題として残るが、
日々の臨床に取り入れても良さそうである。


日本麻酔科学会 第64回学術集会
[PN01] TKAの鎮痛法
の中で、

ステロイドのブロック延長効果は、
perineuralじゃなくても、IVでも同様にみられる、
という報告がある、と言っていた。

その時の参考文献はこれ↓

I.V. and perineural dexamethasone are equivalent in increasing the analgesic duration of a single-shot interscalene block with ropivacaine for shoulder surgery: a prospective, randomized, placebo-controlled study.
Br J Anaesth. 2013 Sep;111(3):445-52.

肩関節鏡手術におけるsingle-shot interscalene blockの比較
ropivacaine だけ
ropivacaine + dexamethasone (perineurial)
ropivacaine + dexamethasone (IV)

dexamethasoneは10mgを使用。

鎮痛効果の継続時間(初回鎮痛薬追加までの時間)は、
757min、1405min、1275min
で、perineurialもIVも鎮痛効果が長持ちしていた。
その結果、当日夜の睡眠障害の割合も、
59%、29%、22%と改善していた。

dexamethasone10mgを追加すると、
その経路によらず神経ブロックの鎮痛効果が延長するようだ。


とはいうものの、
見ているのは初回鎮痛薬追加までの時間であって、
それをブロックの効果の延長と考えていいだろうか?


似たようなstudyとしては、

Dexamethasone as a ropivacaine adjuvant for ultrasound-guided interscalene brachial plexus block: A randomized, double-blinded clinical trial.
J Clin Anesth. 2017 May;38:133-136.

こちらで使用しているdexamethasoneは4mg(low dose)である。

ropivacaine だけ
ropivacaine + dexamethasone (perineurial)
ropivacaine + dexamethasone (IV)
で比較している。

Duration of sensory blockは
1728分、2323分、1642分であり、
IVではブロックの延長効果は見られない。

術後のopioidの必要量は、
perineural投与の群は有意に少なかったものの、
IV投与の群には有意な差はなかった。

Dexamethasoneのperineural投与では、
4mgでも、10mgでも、
鎮痛効果は長く期待できそうだ。

一方、
DexamethasoneのIV投与の場合、
10mgは効果が期待できそうだが、
4mgでは効果が期待できない。
となる。

この結果から推測するに、
DexamethasoneのIV投与は、
神経ブロック自体に直接影響を及ぼしているというよりは、
神経ブロックとは別に、
単に全身投与による鎮痛効果を発揮しているのではないかと思う。

というのも、

Perioperative single dose systemic dexamethasone for postoperative pain: a meta-analysis of randomized controlled trials.
Anesthesiology. 2011 Sep;115(3):575-88.

によると、
intermediate dose(0.11-0.2mg/kg)と、
high dose(≥0.21mg/kg)は、
術後のopioidの消費量は減るが、
low dose(≤0.1mg/kg)では差がない。

結論として、
multimodal analgesiaの一環としてdexamethasoneを静注する場合、
low doseで使用するのではなく、
最低でも0.1mg/kg投与するべきである。
というものだ。

つまり、
前述の2つのstudyでは、
4mgのIV投与のはlow doseに相当し、
10mgのIV投与はintermediate doseに相当すると考えられる。
すると、4mgのIV投与は効果がなくて、10mgのIV投与では効果が見られたのも理解しやすい。


個人的なまとめ
・dexamethasoneのperineural投与は神経ブロックの効果を延長させる。
(dose dependentだが、多ければいいというわけではない。4~5mg程度か。)
・神経ブロックの効果延長を目的としたdexamethasoneの静注は適切ではなさそう。
・静注で鎮痛効果を期待するなら0.1mg/kg投与したほうがいい。
(これもまた多ければいいというものでもない。)

何かしらの影響があるかもしれないが・・・。




2017年6月11日日曜日

(182) TKAの術後鎮痛 大腿神経ブロックから大腿三角ブロック(femorar triangle block)へ

人工膝関節置換術(TKA)の術後鎮痛として、
長らく硬膜外麻酔が実施されていた。

しかし、
1.左右の選択性がない。
2.効果の確実性に不安が残る。
3.効果を確実にするには麻薬の併用が必要。
(→麻薬の使用はPOVのリスクがup)
4.超音波ガイド下神経ブロックの普及
5.抗凝固薬の使用

などの理由から、
TKAの術後鎮痛のトレンドは、
硬膜外麻酔から神経ブロックに変化してきた。

なかでも、
大腿神経ブロック(+脛骨神経ブロック)は広く行われている。

しかし、
大腿神経ブロック、特に持続ブロックを実施する場合、
大腿四頭筋の筋枝もブロックされるため、
筋力低下による転倒リスクが問題となる。

そのため、
より末梢側でのアプローチである、
内転筋管ブロックが注目された。

しかし、
TKAの術後鎮痛においては、
大腿四頭筋の筋枝のうち、内側広筋への筋枝が重要な役割を果たしているという指摘もあり、
狭義の内転筋管ブロックではTKAの術後鎮痛として不十分である。

内側広筋枝は内転筋管に入る前に分枝し、
内転筋管を通らない場合もあるため、
狭義の内転筋管ブロックでは内側広筋枝をブロックできず、
単なる伏在神経ブロックになってしまうと考えられているからだ。

内転筋管ブロックに関しては、最近のLiSA 2017 Vol.24 No.6 602-5の解説がわかりやすい。

最新の知見では、
もう少しだけ中枢側で、
大腿四頭筋のうち、内側広筋の筋枝はブロックするが、それ以外はブロックしないですむ、
大腿三角ブロック(femorar triangle block)がTKAの術後鎮痛として最も適切なアプローチとして考えられている。

ところで、
TKAにおいて、
整形外科医が膝関節へどのようにapproachするか、
麻酔科医にはあまり知られていない。

ざっくり分けると、
1. medial parapatellar approach
2. midvastus approach
3. subvastus approach
4. anterolateral approach、他
となる。
(今は他にもapproachが多数あるようだ。)

medial parapatellar approachは展開、並びに視野確保が容易ではあるものの、内側広筋の付着部を切開する必要があるため、侵襲が大きく、術後の筋力低下が問題になる。
subvastus approachは内側広筋を温存するようにかわしながら展開していくため、術後の筋力低下が最も少ない利点はあるものの、視野が取りにくいのが難点。
midvastus approachは、parapatellar approachとsubvastus approachの中間みたいな位置付けで、内側広筋への侵襲もそこそこに、しかもある程度の視野も確保できる、そんなapproachという理解か。

結局のところ内側広筋の処理の仕方が問題なようで、
だからこそ術後鎮痛において内側広筋枝のブロックが重要な役割を演じる事につながるのだろう。

今後、さらに術式が改良され、
内側広筋を損傷せずに十分な視野でTKAが実施できるようになれば、
あるいはsubvastus approachで容易にTKAが実施できるようになれば、
もしかしたら内側広筋枝をブロックする必要がない時代が来るかもしれない。


一度、自施設でのapproachを確認してみる必要がある。

2017年6月10日土曜日

(181) 手術部位感染症(SSI;Surgical Site Infection)を予防する

整形外科手術において、
手術部位感染症(SSI;Surgical Site Infection)は、
人工関節置換術や、骨折手術よりも、
脊椎手術に多い。

予防を目的に24時間(〜48時間)の抗菌薬投与が推奨される。
耐性菌発生のリスクとなるため、
48時間を超えての使用は推奨されない。

抗菌薬は 第1世代セフェム系抗菌薬が推奨される。

MRSAが高率に発生している施設や、
MRSAの保菌者では、
第1世代セフェム系抗菌薬とバンコマイシンの併用も推奨される。
ただし、他の抗菌薬のように、バンコマイシンの急速投与はダメ。
1gを1時間以上かけて投与する。

整形外科手術ではセメントがよく使用されるが、
セメントに抗生剤を混ぜた方がいいかはcontraversialな問題である。

術野でのバンコマイシンパウダーの有用性は、
観察研究では良い結果が示されているようだが、
RCTでは差がなく、
過敏性の問題や、細菌の耐性化の問題などより、
CDCのガイドラインではDon’tの扱いとなっている。

鼻腔保因菌とSSIの原因菌は85%で一致していることから、
術前の鼻腔&全身除菌も重要と考えられている。

手術室の床&そこら中の機器は、汚染されているものとして認識すべし。
当然、手指も汚染されているものと認識するべきであり、
そのため、手指消毒は頻繁にやるのが良い。

通常、術前に術野を消毒するが、どんなに消毒しても滅菌できるわけではない。
イソジンドレープを使用すると、
経時的な細菌細菌増加率は減る。
その結果、SSIのriskも減る。

ちなみに消毒についてだが、
即効性のアルコールであっても30秒は待つ必要があることが知られている。

手術室内への頻繁な人の出入りは良くない。
最小限にとどめるようにした方が良い。

clean roomを使用すればOKというわけではない。
clean roomを使用した方がむしろSSIが増えるという観察研究もある。
やはり不要なstaffの出入りは避ける必要がある。

術中イソジン洗浄は有効かもしれない。
これから増えてくるかも。

体温管理の重要性はよく指摘されることだが、
SSI、あるいは死亡率への影響に関するエビデンスは少ない。



日本麻酔科学会第64回学術集会 共催セミナー[L01]
最新の整形外科手術部位感染対策~麻酔科医と共有したい内容を中心に~
の聴講メモより